Se connecter及川は私を見つめ、頷く。
「お嬢様、生き延びてください。それもあなたのお母様の最後の願いなのですから」
そう言われて私はポロポロ落ちる涙を拭い、聞く。
「私は、何をすれば?」
及川が簡潔に言う。
「時間がありません。今すぐにお嬢様のお召しになっている服とネックレスを外して頂けますか」
及川はそう言って自分の足元にある遺体袋を見る。
「この遺体にお嬢様の服を着せ、ネックレスをつけさせます。そうすればお嬢様は死んだ事になり、万が一にも生きている事が知られたとしても、その時にはお嬢様はここから遠い地へ離れている事でしょう」
及川は私に紙袋を渡す。
「着替えは中に」
その紙袋を受け取る。
漆黒のワンピースに着替え、ネックレスを外し、及川に渡す。このネックレスは私にとって特別だったものだ。けれど今はもう、その未練さえ、断ち切る覚悟が決まっている。及川はそれを受け取り、遺体袋に近付く。
「お嬢様はご覧にならない方がよろしいかと」
及川にそう言われて私は視線を外す。
不意に私たちが居る部屋から離れた場所から衣擦れの音が聞こえる。
「お嬢様、急ぎましょう!」
及川の声は張り詰めている。及川は私の腕を掴むと、引っ張り歩き出す。その足取りが徐々に早くなる。私の身体は痛みで悲鳴を上げていた。それでもそれを必死で堪え、よろめきながら及川の急ぎ足の歩調に合わせる。ほとんど引き摺られるようにして廊下を抜ける。
施設を出たその瞬間 ――
ドオオーーーンっ!!!
背後で爆発音がして爆風を浴びる。次の瞬間には灼熱の衝撃波が破片を巻き上げ、背中から私たちに襲い掛かる。私は本能的に身を伏せ、及川がそんな私を庇ってくれる。数歩前へ、この衝撃波と灼熱から逃げる為に、また一歩前へ、駆け出す。
振り返る。
建物全体が既に烈火の中で。その形を崩している。歪んだ鉄骨と吹き飛ばされ、崩した建物。その建物の全ての窓から、いや、窓だったものからオレンジ色の炎が噴き出し、全てを煉火が飲み込んで行く。
◇◇◇
「何だと?!」
知らせを聞いた私は椅子から立ち上がる。
「それは本当か?」
そう聞くと知らせを持って来た者が言う。
「間違いありません」
そう言ってタブレットを差し出す。そこに映されたのは燃え上がるあの施設。
「行くぞ!」
そう言って慌てて屋敷を出る。
辿り着いた先は私設療養所。
炎は最初程の勢いは無くなったのか、パチパチと小さく何かが燃えている程度だ。熱気は依然として私の肌を刺した。空気中には焦げた匂いが充満し、息をするのも苦しい。
建物の屋根は吹き飛んだのかその場所はぽっかりと空き、鉄筋コンクリートが剥き出しになっている。燃焼熱のせいか、鉄筋はねじ曲がり、残り火が所々で暗く赤い光を放っている。
消防士たちはまだ建物への放水を続けている。白い蒸気と黒い煙が絡み合いながら夜空へと立ち上っている。
「美緒、は……? 美緒はどうした!」
そう怒鳴る。無意識に唇が震える。
そう怒鳴ったところで誰の目にも明らかだった。ここまで焼けてしまっては、誰かがここで生き延びている筈は無い。
「お嬢様の遺体らしきものを既に発見しております」
遺体袋が私の前にドサッと置かれる。作業員がその袋のジッパーを開ける。中には真っ黒に焦げた遺体があった。
「……嘘だ、違う……これは美緒じゃない……」
ヨロヨロと前に進み、その焼け焦げた“それ”の傍に跪く。
焼け焦げたそれの首元には ――
見覚えのあるネックレスの残骸がある。
美緒が付けていたお気に入りのネックレスの燃えカスがある。桜モチーフのペンダントトップは焦げていてもその形を残している。それは私が美緒の十歳の誕生日にこの手で付けてやったものだった。形だけのそれを見ても、私には分かる。
(……違う、これは美緒じゃない……美緒は療養所で……)
「あああああーーーー!!!」
声が漏れ出る。燃え残ったそれに触る事も出来ない。尻もちをつき、後退る。
たった三カ月だ……三カ月したら迎えに行くと、そう言ったのに……
ただただ私は反省して欲しかっただけだったんだ……
どうして……どうして……
「青の鎖……」私はそう呟いてその錠剤の画像を見る。言葉を聞くだけで、何か禍々しさを感じる。「モルフォ・シアニドは片頭痛の錠剤であるロイゼノンに少量ずつ混ぜられていた」九条征哉にそう言われて私は聞く。「少量ずつ?」そう聞くと九条征哉が頷く。「モルフォ・シアニドは毒性が強く、しかもモルフォ・シアニドで死に至ると、その特徴が体に出やすい。つまり」九条征哉がそこで言葉を区切る。「証拠が残りやすいって事ね」私がそう言うと九条征哉が微笑む。「そうだ」九条征哉はそう言うと私の腰を抱く。「この毒は体温を下げながら静かに神経系を麻痺させていく合成毒だ。飲むたびに身体の自由を奪い、最終的には心不全に見せかけて命を絶つ。華瑛は一ノ瀬恭介の自由を“青の鎖”で縛り上げ、病死に見せかけて完全に自分の手中に収めるつもりだったんだろう」お父様も華瑛の殺したい人間のリストに載っている……。本当に何を考えているんだろう。「華瑛は何を考えているのかしら。今更一ノ瀬家の財産云々は関係無さそうだし……」私が独り言のようによう呟くと、九条征哉がまたタブレットを操作し、私に見せてくれる。「華瑛と香織は学生時代、親友だったらしい」目を見開く。タブレットには若かりし頃の華瑛とお母様が並んで笑って写真におさまっている。「親友同士、だったの……?」お母様と華瑛が友達だった事は何となく予想はしていたけれど、親友同士だったなんて、聞いた事が無かった。その時、遠い記憶が呼び起こされる。あれは、確か……そうだ、華瑛が結婚した夫を不慮の事故で亡くした後の葬儀の時。お母様と華瑛が抱き合い、お母様が華瑛を慰めている場面……私はそれを見ながら幼いながらもお母様の大切な友達なのだと思っていた。だから私の中でその葬儀の時の華瑛と、一ノ瀬家に入って来た時の華瑛とが繋がらなかった……?「華瑛自身が何を考えていて、何を目的として動いているのかは、今のところ、華瑛本人にしか分からないだろう」九条征哉の言う通りだ。「だが色々な事について可能性を全て考慮に入れて、不測の事態にも備えなければならない」そう言って九条征哉は私の腰を引き寄せる。「相手は毒殺も爆殺もして来るような奴らだからな」そう言われて私は九条征哉を見上げて聞く。「そういえば、私が収容されていたあの施設の爆破はやっぱり、華瑛が
部屋に和久井を入れて、私は振り返る。和久井はその端正な顔立ちにほんの少しの微笑みを浮かべて私の言葉を待っている。私は和久井との距離を詰める。和久井は微笑みを崩さずにただ立っている。(感情の読めない子ね)そう思いながら私は言う。「あなたにお願いがあるの」そう言うと和久井が聞く。「はい、奥様」私は和久井の胸板に手を這わせてその逞しい胸板に触れる。◇◇◇報告を聞き、また笑う。(良い男を派遣し過ぎたか……)正直、華瑛が若い男に興味があるとは思っていなかった。とはいえ、屋敷の中で家人が知らない公然の秘密として使用人を愛人にしているのだから、それは無い話では無いなと思い直す。和久井はそんなものを処理出来ない程、無能では無いし、必要であれば、華瑛と寝るぐらいは何でも無いだろうが。俺は溜息をついて、椅子に深く座る。華瑛という女が考えている事が本当に良く分からない。俺の手元のタブレットには華瑛と香織の学生時代の調書が上がって来ている。注目したのは華瑛と香織が親友であったという一文だ。親友であったなら、そこに嫉妬の感情は発生するだろうか。いや、親友だからこそ、自分が好いている相手が親友を好きになってしまったら、それこそ感情が反転するのかもしれない。誰かを好きになった時、その想いが重ければ重い程、その反転具合は大きいだろう。だから香織を毒殺した……?どうにも解せない。何かを見落としているような気がする。俺は椅子から立ち上がり、美織の部屋へ行く。情報は共有した方が良いだろう。腕時計をチラッと見る。そろそろ華瑛が一ノ瀬恭介に飲ませているという錠剤の分析結果も上がって来るだろう。◇◇◇身体が時と共に癒えて行くのが分かる。それ程までに私はこのお屋敷の中で甘やかされていた。何をするにでも上原さんが先回りをしてくれるし、至れり尽くせりだ。「美織」そう呼びながら部屋に入って来る九条征哉は私がこの屋敷に意を決して入って来た時とは、既に全く別の人物と言って良い程、私に甘い顔をするようになっている。ソファーに座っていた私が立ち上がると、九条征哉はそのままソファーに座り、私の手を引き、ソファーに座らせる。「どうしたの?」そう聞くと九条征哉が笑っている。「面白い事をたくさん、聞き付けたぞ」そう言いながら微笑む九条征哉は私の手を取り、言う。「華瑛が動き出し
錠剤を手に入れた私はそれを持って、部屋を出る。廊下に居る人影。見ればそれは華瑛の部屋から出て来る真中芙美だった。あの部屋の中にあった秘密を暴いた、征哉様の優秀なスパイ。真中芙美は部屋を出て、私の元へと歩いて来る。互いに目配せをして、歩き出す。この屋敷の中で唯一の安全地帯へと向かう。屋敷の離れ。かつて美緒お嬢様が一人で生活していたお部屋があるのがこの離れだ。美緒お嬢様のお部屋は華瑛が何故か、片付けさせずに、美緒お嬢様が亡くなられた時と何も変わらずに物がまだそのままに置かれている。その部屋の更に奥、私が使っている執事室。そこに真中芙美と共にサッと入る。「何か……」そう聞きかけた私の言葉を遮り、真中芙美が軽く手を上げ、耳にもう片方の手を当てている。盗聴真中芙美は眉間に皺を寄せてしばらくの間、“何か”を聞いている。顔を上げた真中芙美は私に微笑む。「あの女、またとんでもない事を言い出したわ」そう言って笑う。「何を聞いた?」そう聞くと真中芙美が言う。「今度は美緒様の遺骨だそうよ」あの部屋の事はついさっき聞き及んだばかりだ。香織様の遺骨をあの部屋の更に奥、秘密の小部屋に保管している……しかもその骨は毒に侵されているという。それだけでも許しがたい行為なのに。「それで? あなたの方は?」そう聞かれて私はついさっき、拾上げた錠剤を見せる。「これは華瑛が恭介に飲ませている薬だ」真中芙美は胸元からサッと保管用のジッパーの袋を出し、その錠剤を袋の中に収める。「調べさせるわ」そう言いながらその袋を持ち上げ、中に入れた錠剤を見る。「これも……きっと毒よね……」そう言われて私は苦笑する。「そうだろうな」あの華瑛が一ノ瀬恭介の身体を純粋に心配している訳が無い。そこでクスっと真中芙美が笑う。「何だ?」聞くと真中芙美が言う。「華瑛よ、彼女ね」そう言って真中芙美が錠剤を胸元にしまいながら続ける。「和久井を気に入ったようなの」和久井直己、彼は征哉様が送り込んでくださった、精鋭の一人だ。私は敢えて、真中芙美を華瑛に付け、和久井は一ノ瀬恭介に付けるよう、配置したが。「和久井を気に入っている?」そう聞くと真中芙美が嘲笑に近い笑みを浮かべ、自分の耳を指差す。盗聴器から何か聞こえているようだ。「今、華瑛が愛人の木崎潤に美緒様の遺骨を取りに行くよ
子供たちが和気あいあいと九条家の株価のニュースを話して楽しんでいるのを見て微笑む。そして私は早く自分の部屋の奥にあるあの小部屋へ行きたくてウズウズしている。一ノ瀬美緒を葬り去り、香織に捧げて……そこでハッとする。(そうだわ、香織の遺骨があるんだもの、香織だって実の娘の骨が傍にあった方がきっと嬉しいわよね)そう思い立つと、もうそれしか無いとさえ思える。私は子供たちが嬉しそうにしているのを見て微笑み、立ち上がる。「お母様?」瑛理香にそう聞かれる。私は微笑んで言う。「私はちょっと用事を思い出したわ」そう言って私は子供たちをその場に残して、リビングルームを出る。すぐに私に付いて一緒に出て来たのは私の愛人の木崎潤と、私に付くようになったメイドだ。廊下を歩き、夫の書斎の前を通り掛かり、足を止める。夫はここ数日、実の娘を亡くした悲しみで打ちひしがれている。私や瑛理香の前でやっと無理やり笑顔を見せるようにはなったけれど、それでもやはり実の娘を亡くしたのは相当にショックだったらしい。書斎の扉がほんの少し開いていて、中の様子が分かる。中の様子を窺うと、書斎のデスクの椅子に座り、手には写真を持っている。香織を亡くした時と同じように、今度は娘の美緒の写真を持って、その写真を見つめている。悲壮感を漂わせて。(白々しいのよね……今まであれ程、要らない子として美緒の事を扱っていたくせに)私がそう仕向けたのも原因の一つだけれど、それでも本当に愛していたら、私の言葉や瑛理香の言葉を鵜呑みにするような馬鹿な真似はしなかったでしょうに。それに。(あなたの実の娘は他にも居るでしょう?)瑛理香が一ノ瀬恭介の実の娘である事はまだ伝えていない。それでも予感ぐらいはあるだろう。(そうだわ、今こそ、その事実を夫に告げるべきよね)そう思い、私は書斎に入る。私が書斎に入って来た事で、夫は手に持っていた写真をデスクの引き出しにしまい、私を見る。「どうした?」そう聞かれて私は微笑みながら夫に近付く。「リビングで子供たちが九条の株価下落のニュースで盛り上がっているわ」そう言って微笑み、私は夫のすぐ横に立つ。夫は私を見上げて微笑み、言う。「そうか……次の手に出ないと、だな」そういう夫のデスクの引き出しに私は手を掛ける。「……華瑛?」夫にそう聞かれながらも私は引き出しを開く。そこに入
とても毒のようには見えないその透明で綺麗なサファイヤブルーの液体。私が手を伸ばしてその試験管のような入れ物に触ろうとすると、九条征哉がその入れ物をスッと上に上げる。「ダメだ」そう言われて九条征哉を見る。「どうして?」そう聞くと九条征哉が言う。「猛毒だ。お前には触れさせない」猛毒と言いながら自分は普通に胸元のポケットからそれを出したのに、私に触れさせないなんて。「それはどこで?」そう聞くと九条征哉が言う。「一ノ瀬華瑛のあの施設からだ。破壊工作が進んでいたが、かろうじてこれ一本が残っていた……まぁ、無くても毒の名前が分かっていれば精製する事は可能だが」不気味な程に青いその液体を見ながら考える。一体、華瑛は何を思っていたのだろう。「それから」九条征哉が私の手元の書類をまた一枚、めくる。「一ノ瀬華瑛と美織の母・香織の関係性についてだが」めくられた書類に視線を落とす。「……学生時代の友達……」そう呟くと九条征哉が頷く。「あぁ、そうだ。七倉家は代々続く財閥家。比較的、歴史が浅い一ノ瀬家や三崎家とは格が違う」そう言われて私は九条征哉を見る。「四季凪のようね」そう言うと九条征哉が微笑んで頷く。「あぁ、そうだな」九条征哉は手に持っていた青の永久凍土をまた胸元にしまって、言う。「だが七倉は四季凪のように家名だけを残して絶える家では無かったがな」確かに七倉の家名は今もまだきちんと残っている。そこで私はハッとする。「じゃあ、今、私のお母様の遺骨が一ノ瀬華瑛のあの部屋にあるとするなら……」そう言うと九条征哉が頷く。「そうだ、七倉家はかなり怒り狂うだろうな」そう言われて考える。「どうやって華瑛はお母様の遺骨を手に入れたのかしら」(一ノ瀬家のお墓は郊外にある……納骨はちゃんとした筈……?)お母様が亡くなった時、私はまだ幼かったから、あまり記憶には無いのだけれど、それでもきちんと葬儀はしたし、納骨だってちゃんと済ませた覚えがある。「美織の母である香織が亡くなって、比較的すぐに華瑛は瑛理香を連れて一ノ瀬家に入っている。さすがに四十九日が過ぎるまでは我慢しただろうが、出入りを頻繁に出来るなら、骨壺ごとすり替えてしまえば問題は無いだろうな」そう言われて、あの小部屋の写真を見た私は妙にその言い分に納得してしまう。「学生時代からの友人
買い物から戻って来た一ノ瀬華瑛と一ノ瀬瑛理香、そして木崎潤を迎える。たくさんの袋を木崎潤に持たせて屋敷に入って来た二人は満足気にリビングのソファーへと座る。「やっぱり、外は良いわね」一ノ瀬瑛理香がそう言う。「外に出て得られたものもあるし」そう言いながら鼻歌を歌っている一ノ瀬瑛理香を愛おし気に見つめる華瑛の、その瞳の奥にある狂気を私は既に知ってしまっている。あの部屋を見てしまったから。何と言うのか、この作られた感じは。「九条征哉の体調不良のニュースが駆け巡っていて、あっちでもこっちでも九条グループの行く末を心配している声が多くて」一ノ瀬瑛理香はそう言いながら華瑛を見ている。「今がチャンスなんじゃないかしら」一ノ瀬瑛理香が体を乗り出してそう言う。華瑛もそんな瑛理香を見て微笑む。「そうね、そうかもしれないわ」その時、リビングルームに入って来た人間が居た。瑛理香の婚約者になった高橋翔太だ。「瑛理香、九条グループの株価が下がってるぞ!」そう言いながら嬉々とした様子で瑛理香の隣に座る。この男は美織様の事を裏切り、裏で瑛理香と手を組んでいた悪辣な男だ。征哉様を嵌めた男でもある。眼光が鋭くならないよう、私は視線を下げる。◇◇◇その日の午後にはDNAの結果が出た。本来ならば結果が出るのは2,3日かかるが、そこは九条の力で急がせた。俺は手元に届いた結果を持って、美織の部屋に行く。「美織」呼びながら部屋に入る。美織は窓の外を眺めていた。俺はそんな美織に近付き、聞く。「何を見ている?」そう聞くと美織は空を見て言う。「鳥を眺めていたの」空を飛び回る自由な鳥を眺めていた、というのか。俺は美織を抱き寄せて聞く。「自由になりたいのか?」そう聞くと美織がクスっと笑う。「いいえ、私はあなたのものよ。それに」そう言って美織は俺を見上げる。「あなたなら空も飛ばせてくれるでしょう?」そう聞かれて俺も笑う。「あぁ、美織が望むなら、空だって手に入れてやるさ」美織はそんな俺に笑い、聞く。「それで?」聞かれて俺は手に持っている大きな封筒を見せる。「結果が出た」◇◇◇ソファーに座り、渡された大きな封筒を開ける。中に入っていた書類に目を通す。「まずは一ノ瀬家の血の流れだ」九条征哉がそう言う。「一ノ瀬恭介と一ノ瀬瑛理香の親子鑑定の結果は99.9
及川との通話を切る。軽く溜息をつき、私は私の夫の元へ向かう。入るなと命じられている部屋に近付く。中からは嗚咽が聞こえる。私は静かに扉を開け、中に入る。部屋に入って来た私を見て、私の夫は視線を伏せる。私は夫に近付き、その肩を抱く。「火事は事故だったのよ……」慈愛を込めた声を装い、そう言う。「あの子の葬儀はもう手配しました。だから安心して、あなた」肩を抱いた私の手を握る、私の夫は泣き崩れている。「すまん……」夫はそう呟くように言って、肩を揺らす。私はそんな可哀想な夫を見つめながら、ほんの少し微笑む。部屋を出て、扉を閉めて。笑みが零れるのを我慢出来なかった。誰にも聞こえない声で
目の前で。オレンジの炎が燃え盛っている。夜空に映える炎のオレンジ色はその触手を天に伸ばし、更に炎自身が燃えるものを探している。炎の触手の先からは黒煙が立ち上り、夜空の星を覆い隠す。私を閉じ込めて、絶望の淵へ追いやった療養所という“檻”は、今はもう燃えながら歪み、崩れ落ち、灰と化して行く。「お嬢様」及川が私の横に立つ。「今この瞬間からお嬢様は灰になりました。もう一ノ瀬家の令嬢ではございません」全ては燃えて灰になった……私と一ノ瀬家の縁も、そして未練も全て燃えて灰になったのだ。思い出されるのは幼い頃の記憶――お母様が生きていた頃は……私もお父様に確実に愛されていた。お母様とお父様
目が覚める……。チカチカと視界が霞む。寝かされている場所は……色味の無い部屋……? (ここは……どこ……?)(昨日のあれは……夢だった……?)微かな希望だった。昨日の夜の事は私を襲った悪夢、そう思いたかった。けれど。
お父様のそんな声を転がりながら聞く。お父様がそう怒鳴りながら私に近付く。しゃがみ込んだお父様は私に小さな声で囁く。「美緒」そう言われて私は少し驚く。その声に優しさが滲んでいたから。「よく聞け」そう言う声は低く、雨音にかき消されそうな程で、恐らくは私にしか聞こえていない、そんな声だ。「お前を療養所に送る。そこで大人しくしていろ。騒がず、逃げる事も考えずに、誰とも連絡を取るな」私は赦しを乞おうと言葉を口にしようとして、それでもそれが言い訳にしか聞こえないだろう事を思うと言葉が出ない。お父様は私の腕







